Ryoのプロフィール

幅600

名前:RYO

職業:ファッションコーディネーター

ファッションスタイリスト

講演講師

年齢:32歳

出身:青森県

在住:東京都

■取材出演作品など主な実績

●MENSfashion誌『Samurai ELO』搭載

●TBS系列『世界★バリバリバリュー』出演

●セット率関東部門第1位受賞

●ラジオ【ソラトニワ原宿】レギュラー出演
( 月1レギュラーでファッション&業界系の人を招いて出演中)

●世界バリバリバリュー出演

●パリコレ、東京コレクションモデルのスタイリング

●地方ミスクイーンのスタイリング

●某大学ミスクイーンのスタイリング

●映画&ドラマ

・石巻限定『シージェッター海斗』

・月曜ゴールデン『山岳刑事2』

・テレビ朝日『遺留捜査2』

・『ペコロスの母に会いに行く』

・映画『モンスター』

・テレビ東京『サイタマノラッパー』

●music video 

・notyet『西瓜baby』

・sexyzone『sexysummerに雪が降る』

・GENERATIONS『Big city rodeo』

●Abema TV 『72時間ホンネテレビ』

稲垣、草彅、香取3人でインターネットはじめます(現場担当)

●スタイリング担当人物
大杉漣、上川隆也、大島優子、指原莉乃、
鈴木砂羽、八嶋智人、ゴスペラーズ、GENERATIONS、
Sexy Zone、平愛梨、May J、笹野 高史、
野村周平など多数アーティストや俳優のスタイリング担当。

■お陰様で様々な作品に関わらせて頂いております。

 

初めまして。現在ファッションコーディネータのRyoです。

 

上記で主な活動内容をご紹介しましたが、
この経歴は過去の、目をそむけたくなる経験や
心境の変化があってからこそ生まれたものだと思ってます。

 

自分がこの仕事をしているなんて
過去の僕からしたら考えられなかった事です。

 

洋服を選ぶ時も、周りの人が着ている服を
真似をする事から始まりました。

 

親が買ってきた服ばかりを着ていた自分からの変化

当時の僕は、
洋服にお金をかけるなんてばからしい。
服なんて何を着ても一緒。

 

洋服にお金をかける位なら
最新のゲームを買ったり漫画を買った方がよっぽどいい。

 

そんな気持ちでした。

 

高校の頃までは、母親が買ってきた服ばかりを着ていて、
休み時間にイケてるクラスメイトは、
ファッション雑誌を片手に盛り上がってる隅で、
僕は漫画ばかり読んでいた高校時代。

 

それでもただ漠然とモテたい、
センスが良いと言われたい思いは人一倍ありました。

 

専門学校に入り私服登校になってからも、
高校時代に買ってもらった服を着まわしていたり、
親から服を買いなさい、という仕送りで
ゲームや漫画を買ったりして
一切お洒落をしようとは思いませんでした。

 

専門2年になって好きな女の子が出来て、
少しずつ僕の気持ちに変化が生まれました。

 

その子は芸能人で例えると木村カエラ。

 

一瞬で恋に落ちました(笑)

一目惚れってやつです。

 

文句のつけどころの無いルックスなだけあり、
周りの男子も彼女に釘付け。

 

クラスのマドンナ的な存在でした。

 

「服装に気を使わない清潔感がない人は苦手」

「お洒落な人がタイプ」

 

友達と会話している声が聞こえてきました。

 

洋服に興味が無い自分はその子に振り向いてもらえない…

僕はただのクラスメイトでしかない…

 

好きな子に自分を認めてもらい、
青春時代の淡い思い出を作りたい。

 

ゲームを買う予定だったお金を握りしめて
すぐに洋服を買いに行きました!

 

ファッションの聖地を言われていた原宿です。

 

お洒落に興味を持ち始めたら"別世界"が飛び込んできた

初めての原宿は別次元の世界でした。
そこはお洒落な人だらけ。

 

自分の格好が恥ずかしくて穴があったら入りたい
とはこの事なんだなと思いました(笑)

 

竹下通りを歩いてると、
外人のお兄さんが話しかけてきました。

 

気の弱かった僕は、
言われるがままにその外人が紹介するお店へと
連れていかれました。

 

そのお店はB系ファッションのお店で
ダボダボの服やジャラジャラのアクセサリーばかりで、
店員に言われるがままに洋服を着せられてしまいました。

 

B系の服を着た自分の姿を見ると
まるで別人が鏡に立ってるかと思う位の変貌ぶりでした。

 

正直僕には全く似合ってなかったんですけど、
結局断りきれなかった僕はキャップだけを買いその場を後にしました。

 

しかし、服装を変えるだけで
こんなにも人は変わるんだ!
と気づく事が出来ました。

 

僕はコミュ障な性格で、
異性と話す時なんて目も合わせられない…

 

臆病で自分の意見が言えない…

 

人に見られる事が凄く苦手で、
教室の隅で一定の友達としか話さないようなタイプの人間でした。

 

バカにされ続けていた専門学校時代

専門学校に入学してからというもの、
服がダサいと毎日、
同級生たちにからかわれていました。

今見ると確かに凄いダサい‥(笑)

 

そして洋服で自分の印象を決められてしまい
完全にいじられキャラになってました。

 

皆の前で笑い者にされても
ヘラヘラ笑っている事しか出来きない自分…

 

心の中では凄く腹が立ってるのにその感情を表に出せない。
何も言い返せない僕に対して徐々に対応も酷くなっていき、

 

『あいつのファッションはダサいから一緒に歩くのが恥ずかしい。』

『良くそんな格好で人前に出てこれるよね』

 

そんな傷つく言葉を言われる事もありました。

 

専門1年生の頃は三連休以上の休みになると
必ず地元に帰省してました(青森)。

 

服がダサくて学校でからかわれてるのは
母さんのせいだ!

 

地元に帰る度に溜まったストレスを
親に当たってる内弁慶な自分が凄く不甲斐なく、
情けなかったです。

 

学校に行くのが憂鬱な時は
わざと遅刻して行ったり学校をサボったりもしていました。

 

無視されたりハブかれたり
といった苛めを受けていたわけではありあせんが、
クラスの男子たちは休みの日に
女子達と海に行ったり、スノボに行ったりしている中、
僕への誘いは一切ありませんでした。

 

凄い羨ましい!

自分もその輪の中に加わりたい!

イケてる男子になりたい!

 

そう強く思い始めたのもこの頃からだったと思います。

 

オシャレになりたい!本気でそう思い始めたきっかけ

20歳まではまともに彼女も出来たことがありませんでした。

 

異性と話す事がとても苦手で、
話しかけられても恥ずかしくて目を背けてしまったり
緊張で声が震えてしまう位のコミュ症でした。

 

好きになった子に一度勇気を持って告白するも撃沈‥

 

その噂が周りに広まり、
笑い者にされた事がトラウマにもなっていました。

 

それでも彼女が欲しい!

 

焦った僕は出会い系サイトに手を出してしまったのです…

結局相手はサクラだったと知った頃には時すでに遅し…
5万以上も課金してしまっていました。

 

もう暫くは女とかどうでもいいや…

 

そう思ってた矢先、
専門2年でクラス替えがあり、一人の女性と出会いました。

(先ほど話した、僕にファッションの一歩を
踏み出させてくれた女性です。)

 

その出会いをきっかけに、それからの僕は
ちょくちょくショップに足を運び、
挙動不審になりながらも
店員さんに相談しながら服を買うようになりました。

 

そして、
自分でもオシャレについてもっと勉強したい!
と思うようになっていきます。

 

洋服に対して興味を持ち、
色々なお店を巡り、店員さんに話しを聞いたり
試着しているうちに自然と自分の似合うテイストの服が
徐々に分かるようになってきました。

 

クラスのマドンナも僕の事を
オシャレなメンズと認識してくれて?
見事に距離を縮める事が出来ました。

 

連絡先を交換し、毎日メールや
たまに電話のやり取りをする関係にまでなる事が出来き、
更に一緒に古着屋巡りをしたり
デートをしたりする事も出来るようになりました。

 

周りの男子から羨ましがられました。
凄い優越感だった事を10年以上経った今でも覚えています。

最終的に付き合う事は出来なかったけど、

オシャレする事によってこんなに世界が変わるんだ!

という事を知り、そこから本格的に
オシャレというものに興味を持てたのだと思います。

 

この辺りから
洋服に関わる仕事がしたいと強く思うようになりました。

 

しかしホテルの専門学校に通っていた僕は、
モヤモヤな気持ちを持ちつつ某ホテルへの就職を決めました。

 

ただ、納得というか、
ホテルマンとしての生活は長くは続きませんでした。

 

髪型も服装も制限されていて苦痛続きだった僕は
すぐに1年も経たずに退職届を提出していました。

 

そして憧れていたショップ店員になる為に、
幾つかのアパレル会社に履歴書を送っていました。

 

憧れのショップ店員になるも、自分の能力の無さに挫折を味わったショップ店員時代

その中の一つ、カジュアル服を取り扱う会社から
内定をいただき見事ショップ店員としての人生がスタートします。

 

ショップ店員になってからも苦労の連続でした。

 

洋服の知識やコーデ術が皆無だったので、
お客さんに洋服を提案しても説得力が無く不安にさせてしまったり、
お客さんに似合うコーデがまったく思い浮かびませんでした。

 

その結果、お店での成績は下から数えて3番目
という落ちこぼれ状態が半年間もの間続きました。

 

お客様にコーディネートを提案しても納得してもらえない…

自分の提案したコーディネートを完全否定される事もありました…

先輩方には顧客がたくさん居るのに自分には全く居ない…

誰にも洋服が売れない状態の日が何日も続いた事もあります…

 

負の連鎖からか業務でのミスも多くなり
毎日のように店長から怒鳴られていた日々が続き、
売上がとれない僕は店長からも周りのスタッフからも
足を引っ張る存在だと思われていました。

 

お客様の前でも笑顔が作れずに不快な思いをさせる日々…

ある日、
「お前は店頭に立たせられない」
そう言われてずっと裏で在庫の整理をさせられました。

 

本当に悔しくてお店のフィッティングルームに
閉じこもって泣いていた事もありました。

 

プレッシャーもストレスもあり、プチ鬱状態にもなりました。

 

正直自分にはショップ店員は向いてない…

むしろ社会不適合者なんじゃないか?…

 

軽い人間不信もあって
「もうショップ店員を続けられない」
と上司に相談したところ、
地方のショップへの異動を提案され、
そこの店の店長さんに面倒を見てもらう事になりました。

 

職場環境に耐えられず地方へ移動…

異動先の店長は僕とはまるで真逆の性格の人で、
雑誌を見て気になった服があると、
入店したての僕を一人にしてまで、
何時間もお店をあけるような自由奔放な性格の人でした。

 

その性格からか、
放任主義で何でも自由にやっていいと言われ、
当時の僕にとってはとてもありがたかったです。

 

それによって僕の心に少し余裕が出来きて、
店頭で、優秀な先輩やオシャレなお客様を
じっくりと観察することができるようになりました。

 

そして、先輩の接客を見よう見まねでお手本にしながら
お客様をコーディネートし、
徐々に商品を買っていただけるようにもなりました。

 

色々なお客様をコーディネートしているうちに
こういうタイプのお客さんには何が似合うとか、
こういう体型の人にはこんなアイテムを奨めたら買ってくれる
など、感覚的にも分かってくるようになりました。

 

そして、

自分のコーディネートに自信を持てるようになったのです

成果が見え始めてからは、
オシャレなショップ店員特集で雑誌にものらせていただいたり、
最終的にはブランドの年間セット率も全国1位になる事が出来ました。

(※セット率とは1人のお客さんに1点だけの商品を勧めるのではなく
トータルで提案してそれを購入して頂ける率)

もっと色々な洋服を使ってコーディネートしてみたい。

 

その気持ちが強くなり、
スタイリストという仕事に興味を持ち始めたのもこの時期でした。

 

憧れのスタイリストを目指しての第一歩

スタイリストになる為に、
3年間続けたアパレル店員の仕事をやめたものの、
スタイリストになるなるためのコネクションが
当時の僕には全くありませんでした。

 

バイトをしながらお金をためつつ、
ネットにのってるアシスタント募集の情報を見て
そこに連絡してお話を聞かせていただき、
一人の人に見事弟子入りする事が出来ました。

 

25歳アシスタントとして本格的に始動します

スタイリストの仕事は華やかで有名人に沢山会えて、
ハイブランドの衣装などを自由にコーディネートできる!
と、良いイメージばかりを抱え、ウキウキしていました。

 

しかし、その考えは、
この世界に飛び込んで一掃されました。

 

洗濯、アイロン掛け、衣装集め、
衣装返却など基本地味な作業の繰り返し。

 

忙しい時は一週間以上家に帰れなくて寝れない日が続く。

 

人って3日間まともに寝ないと
歩きながら眠れるものなんだなって実感しました(笑)

 

アイロンのかけ忘れで撮影に挑んでしまい、
クライアントからのクレーム…

 

衣装を傷つけてしまって自腹での買取り…

 

車のバック駐車で思いきっり壁にぶつけてしまい車検が通らない…

 

モデルさんに着せる衣装を間違えてしまい、
撮影に支障をきたしてしまうといったどでかいミスも沢山しました…

 

何度も何度もやめようと思いもしました…

 

でも辞めずに堪えられたのは、
自分が携わった作品が実際に
テレビや雑誌で紹介されるのを目にし、

 

早く自分のコーディネートを世の中の人達に見てもらいたい。

そして、それを見てくれた人達の人生に少しでもプラスになるといいな。

 

その強い思いがあったおかげで
約3年間もの長いアシスタント時代を乗り超えられ、
今があるんだと思います。

 

冷静に考えたら今の自分の状況って結構すごいと思うんですよ。

 

だって、考えてもみてください。

 

学校で毎日ダサいといじられ続けて
オシャレとは真逆の部類だった僕がですよ。

 

今や、国民的アイドルAKB48の中心メンバーである
指原さんや、国民的人気グループであるEXILE、三代目メンバーの
全身コーディネートをしたり、
ラジオ番組でレギュラー出演させてもらったり、
全国各地から講演会の講師依頼が殺到したりと。

 

気づいたら、オシャレのお手本となる存在になっていました。

 

そう、努力で180度変わることができた

現在、僕の日常はというと、
連日連夜、プライベートの友達、
仕事仲間たちから、パーティーや飲み会など、
さまざまな場へ誘ってもらっています。

 

そして今の僕の特技は
『誰とでもすぐに打ち解けられること』です。

 

たくさんの仲間たちに囲まれています。

僕は短所を、全て長所に変えることができました。

 

●コミュ障

→今は人と話すのが楽しくなった

●ダサい

→ファッションスタイリストになった

●モテない

→ 素敵な女性と付き合えるようになった

●自信がない

→今は揺るぎない自信がある

 

生まれつきのものだから…

 

いやいや、ほんと違うから。

今だからはっきりと言える。

人は努力で変わることが出来る!

 

いま、専門学校時代に同級生たちから
毎日ダサいとバカにされていた僕の面影は跡形もありません。

 

毎日がすごく楽しく。変わってよかったって心から思います。

 

実は自分を変えるのってめっちゃ簡単

と、今冷静に過去の自分を振り返ってみたら分かるんですよ。

 

僕の場合、着る洋服を考えるようになっただけ。

 

それをきっかけに、僕の日常は一気に変わっていきました。

 

外見が変わり、人に褒められるようになると、
驚くことに性格まで変わっていったんですよ。

 

実はこの外見の変化によってもたらすロジックって
FBI心理分析官/ロバート・K・レスラー./ハヤ
の実験結果でも証明されているんですよね。

 

 

じゃあその外見を変えるにはどうすればいいのか?

 

僕がやったように、オシャレをするのが一番手っ取り早い!

 

でも、オシャレをすればいいって言われても、
その肝心なオシャレになる方法が分からないから困るんですよね。

 

僕はファッション業界に身を投じ、
それはそれは必至に10年以上も頑張ってきました。

 

オシャレ人間とは真逆だった僕にとっては
地獄の階段を昇っていくようなイメージでした。
ホント、最初はなーーーにも分からなくて毎日泣きそうな思いでした。

 

だから、僕の、この辛くて大変で膨大な時間を費やした経験を、

 

過去の自分と同じように今悩んでいる人たちに伝えたい!

これはぜったい役に立つ!

 

だから、ブログを作りました

でも、今になってようやく分かりました。

 

オシャレになるのに方法があって、
それは決して難しいことではなかったということ。

 

正しい知識と正しい方法で実践さえすれば、10年?(笑)

 

いや、90日もあれば十分変われます。

 

そしてそれは、
僕がこれまでやり取りをしてきた数多くの読者さんたちが
しっかりと証明してくれています。


今は昔と違ってユニクロやGAPなどの
低価格で有名なファストファッションのレベルも
質、デザイン共に格段と上がりました。

 

大してお金をかけることなく、
手軽に自分をオシャレに演出できる時代なのです。

 

今この時代にいる僕らはラッキーです。

 

あなたもオシャレになって
僕と一緒に人生を楽しみませんか?

 

僕のブログで、
自分を最大限、魅力的に見せられる服や
オシャレの正しい方法を知り、
楽しく明るい人生を送るのか選ぶのはアナタです。

 

最後まで長文を読んで頂き、ありがとうございました。

 

P.S

もし、あなたが外見にお悩みなら、
下記にファッションに関するプレゼントを
無料でご用意しているので、ぜひ受け取ってください。

 

それから、僕がそうだったので分かるんですけど、
一人で頑張るのって最初はものすごく不安だと思います。

 

なので気軽に話しかけてきてくださいね。
100%お返事しますので♪

 

ここまで真剣に、
僕のメッセージを読んでくれたあなたは、
もう大切な仲間です!